【藤本健のDigital Audio Laboratory...

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【藤本健のDigital Audio Laboratory】ライブ音源が超Hi-Fiサウンドに!? 藤田恵美の実験的ハイレゾ制作舞台裏-AV Watch

ライブを最高のクオリティで収める方法は? から動き出したプロジェクト

コロナ禍で行なわれた「Headphone Concert 2021」は、収容人数300人というホールに、招待された観客40人が参加するというもので、昼の部と夜の部の2回を2日間、計4回開催された。

会場の様子

通常はPAから大音量が鳴り響くコンサートホールではあるが、このコンサートはPAを一切使用せず、演奏した音、歌声がマイクを介して来場者の元にケーブルで届き、来場者は持参したヘッドフォン・イヤフォンで楽しむという、かなり変わったスタイル。

では、ヘッドフォンを外すと何も音が聞こえないのか? というとそうではない。

エレクトリック・ウクレレベース以外は、ボーカル、アコースティックギター、グランドピアノ/ティンホイッスル/アコーディオン、バイオリン/トランペット、パーカッション、ウッドベースという生楽器での演奏。しかし、遠くで鳴っている? というニュアンスでしか聞こえない。ところがヘッドフォンを装着すると、まったくの別世界で、超高品位なサウンドでステージ上で演奏されたものが聞こえてくるのだ。

藤田恵美さん西海孝さん宇戸トシヒデさん武川雅寛さん朝倉真司さん河合徹三さん

この「Headphone Concert 2021」を主催したのは、レコーディングエンジニアであり、HD Impressionというレーベルの社長でもある阿部哲也さんだ。

藤田恵美さん(写真左)と、阿部哲也さん(右)

筆者が今回の企画を知ったのは昨年11月のこと。藤田恵美さんがSNSで「2021年2月18日と19日に世にも不思議なコンサートをします! 音を拡声するものはなく演奏はすべて生音。演者もお客様もヘッドフォン(またはイヤフォン)で聞きます。レコーディングのようなコンサート? コンサートのようなレコーディング?」と書き込んでいたのを見かけたのだ。

開催場所がサンハートホールとあり、以前このホールで阿部氏がレコーディングを行なっていたのを取材したことがあったため、「これは絶対バックに阿部さんがいるはず」と思い連絡してみたところ、やはり予想通りで、かなり面白いことを考えているようだった。ただ、発表の時点では、まだ詳細まで詰め切れていなかったので、改めてすべてが整った今年2月のタイミングで彼を取材。セッティングなどについて伺った上で、当日の取材に挑んだ。

【藤本健のDigital Audio Laboratory】ライブ音源が超Hi-Fiサウンドに!? 藤田恵美の実験的ハイレゾ制作舞台裏-AV Watch

調べてみると、ヘッドフォンコンサートというのは、今回が初というわけではなかった。

今から40年も前、大瀧詠一が渋谷公会堂で世界初というヘッドフォンコンサートを行なっていた。大瀧氏の狙いは「コンサート会場のどこで聞いても同じように最高のバランスで音が聞けるように」という実験的コンサートだったとか。

この時は収音したものをFMトランスミッターで会場内に飛ばし、観客は配布されたFMウォークマンで聞くというものだったらしい。調べた限りでは、その後こうした大きな規模でのヘッドフォンコンサートの記録は見つけられなかったので40年ぶりの2度目ということかもしれない。

ちなみに。小さな規模でいえば、以前記事でも紹介した、「Silent Street Music」というものもあった。TR-808やTB-303などを開発した元ローランドの社長が企画したもので、路上ライブを周りに迷惑を掛けずに静かに実現しようというもの。しかし、今回の阿部さんが企画したヘッドフォンコンサートは、いずれともまったく異なる目的のものだ。

「10年くらい前、恵美さんのライブアルバムを最高のクオリティで作るにはどうすればいいのかと考えたとき、ヘッドフォンコンサートのようなことを思いつき、ずっと温めていました。PAを通す形ではなく、レコーディングスタジオと同じ生音で録音をするという手段です。ライブではないですが以前、『ココロの食卓』というアルバム制作を行なった際、ホールを借りて一発録音したことはありました。でも、お客さんを入れて、本当のライブを最高の音で録る、ということをやってみたかったのです」と阿部氏は言う。

ただ、これまでいろいろな人に相談してみたものの、なかなか理解してもらえず、ひとり構想を練っていたとのこと。実現するには自身で主催しなければと、今回、文化庁の支援金なども活用する形で実施することにした。そのためもあって、来場者は招待制にして全員無料。収容人数300人という大きな規模なホールではあったが、コロナ対策と、機材の関係から、1回の公演につき定員40人に絞ってのライブとなった。

しかし、企画した時点で既にスムーズとは言えない事態だったとか。

阿部氏は「恵美さんは、面白そう、と言ってくれたのですが、ミュージシャンからは『演奏者にとってライブとレコーディングは、まったく違うんだ!』と怒られました(笑)。プレーヤーにとって、やはり演奏する際の気持ちがまったく違うからなのですね。レコーディングにおいては、いかに最高のプレイを収録するかに神経を注ぎ、少しでも気に入らないところがあればリテイクもしていく。でもライブだと一発勝負で、多くの観客が見ている中で演奏するため、ものすごい緊張感がある。プレーヤーは今できることのすべてをプレイに集中し、無心で演奏していく。だからこそのお叱りであり、もっとな反応なのですが、僕はその瞬間をレコーディングしたいと思っていたのです」と話す。

その思いをミュージシャンらに丁寧に説明し、納得してもらった上で、コンサートの準備がいよいよ動き出したという。