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21コメント21件2代目以降のMacBook Airが採用していたMagSafe 2コネクタ。初代MagSafeと微妙に形が異なるため、AppleはMagSafeとMagSafe 2の変換アダプタも販売していた
AppleからM1 ProとM1 Maxプロセッサを搭載した新型MacBook Proが登場した。圧倒的な性能が話題となっているが、いくつかの装備についてはIT機器としては珍しく、旧モデルで廃止されたものが復活する「先祖返り」ともいえる状態になっている。【写真】Touch Barは状況に応じて異なる機能を適用できるソフトウェアキーボード。触覚フィードバックが得られる「HapticKey」という機能拡張がサードパーティから出ているが、この機能が標準であるべきだった一度廃止されたインターフェースの復活はApple的珍事Appleは新しい規格を採用するとき、それまでに使っていたレガシーな規格を思い切って捨て、復活させるのはかなり珍しい。古くはMacのADBやSCSI、FireWireや、iPodのホイールなど、別のインターフェースに置き換わった場合、復活した例はほとんどない。Appleにとって、新しい規格を採用するのは、その規格がイノベーションであるという自負があるからだ(失敗を認めたがらない、という噂もあるが)。そんなAppleが、一度は廃止した規格を再度採用するというのはよほどの事情があるはずだ。そこで、今回復活した規格がなぜ再度採用されることになったのか、その背景を考察してみた。プロもまだまだ愛用中の「SDカード」1つめの復活装備はSDカードスロットだ。SDカードはデジタルカメラをはじめとしたデジタル機器で広く使われているメモリカードで、2015年までのMacBook ProにはSDカードスロットが装備されていたので、約6年ぶりの復活となる。スロットの搭載は薄型化を考えると不利になるのだが、今回あえての復活となった。もちろん、目的はデジタルカメラやビデオカメラのデータを読み込むためだろう。デジタルカメラに関しては、一部のハイエンドカメラでSDカードの代わりにXQDやCFexpressといったメモリカード規格が採用されているほか、Wi-Fiや5Gを使った転送も登場しているのだが、やはり全体としてはSDカードのシェアはまだまだ高い。そして特に屋外の撮影現場では、電源や電波の状況を問わずに物理的なメディアでデータをやり取りする機会が多いのだろう。USB Type-C接続のカードリーダーを使う手もあるが、やはりアダプターひとつと言っても、荷物を増やすのは得策ではない。プロの道具であるMacBook Proにとって、合理的な復活と評価していいだろう。今や完全に標準の座を射止めた「HDMI」2つめの復活装備はHDMIだ。皆様ご存知の通り、HDMIは現在、薄型テレビからビデオレコーダー、ゲーム機、プロジェクター、PC用ディスプレイなどに至るまで、標準インターフェースとして広く普及している。最新のHDMI 2.1では8Kまで対応しているが、新MacBook ProのHDMIポートは4K/60Hz止まりなので、HDMI 2.0対応と見られる。こちらの復活も、基本的にはさまざまなディスプレイにダイレクトに接するためだろう。従来のようにThunderbolt(Type-C)用のアダプタを使えばVGA/DVI/HDMI出力は可能だが、ここまでHDMIが標準として普及した結果、アダプタを用意する手間よりも、すぐに繋げられる利便性を重視したわけだ。邪推かもしれないが、Apple社内でも、プレゼンなどで大型ディスプレイやプロジェクターに接続する際に、いちいちアダプターを用意するのは不評だったのではないだろうか(熱心なApple信者ならApple TVにAirPlayで接続するって?)。MagSafe 3は高速充電の安定と安全性のため?3つめの復活インターフェースは「MagSafe」だ。MagSafeという名前はiPhone 12以降、Qi規格の非接触充電用の装備にも使われているので大変紛らわしいが、元々は2006年に登場した初代MacBook Proに初搭載され、2012年に薄型化した「MagSafe 2」が登場した、電源供給専用のインターフェースだ。MagSafeは比較的浅いコネクターで、その名の通り、磁力で接続を保持することにより、電源コードをひっかけたりしたときの衝撃で簡単に外れるようになっており、コードごとMacBookが落下してしまう悲劇を防いでくれる。元は電気ポットに採用されているものにヒントを得たということで、初代は日本のメーカーが生産していたが、MagSafe 2からは別のメーカーに製造を委託することになり、この際に特許侵害の疑いで訴訟沙汰になったこともあってか、2015年以降電源はUSB Type-Cでの供給に変わっていた(MagSafe 2自体はAppleが特許を取得し、特許権侵害訴訟もApple側の全面勝訴に終わっている)。さて新しいMagSafe 3だが、写真を見る限り、見た目や機能はMagSafe 2とさほど変わっていないように見える。ただし新MacBook ProではMagSafe 3で充電時のみ、140Wで高速充電が行える(高速充電を使わない場合、従来通りThunderbolt 4ポートからUSB PDでの充電も可能)。MagSafe 3ポートは、内部的にはUSB PD 3.1で策定された「USB PD EPR(Extend Power Range)」をサポートしている。USB PD EPRは2021年5月に策定されたばかりの新しい規格で、従来5A・20Vで100Wまでの供給だったUSB PDが、EPR対応ケーブルを使うことにより、電圧が最大48Vまで拡張され、240Wまで供給できるようになるもの。追加された電圧モードは28V、36V、48Vで、28Vのときに最大140Wが供給できる。USB PD EPRは新しいとはいえ正式な規格なので、普通ならUSB Type-Cのままにしたほうが、汎用性がある。わざわざ専用インターフェースにする意味はどこにあるのだろうか。これはまず、USB PR EPRには専用ケーブルが必要であることが指摘できる。EPR対応ケーブルには48Vを供給できる電子的なマークとしてICチップ「eMarker」が埋め込まれているほか、利用者がわかるような印を付ける必要がある(eMarkerについては基本的にUSB PD対応ケーブルに必須)。ところがType-Cケーブルは、USB 2.0対応/3.0対応、Thunderbolt/DisplayPort対応、USB PD対応…といった具合に、対応する規格によって種類がとても多い。長く業界にいて専門知識を持っているはずの人々でも混乱するものを、一般消費者に見分けろというのは酷だろう。さらにUSB Type-Cコネクターは、実はかなり壊れやすい。コネクター部に横向きの力が入ると簡単にへし折れるし、そもそもコネクターが長く、接続すると邪魔になることも多い。にもかかわらず簡単には抜けないため、充電中にケーブルに足を引っ掛けたら、ノートPCごと落下するわ、ケーブルのコネクタはへし折れるわと、大惨事になること請け合いだ。そこでAppleは、「どうせ専用ケーブルが必要ならば」と、コネクターごと充電専用にする方針をとったのだろう。ちょうど特許訴訟も一段落しており、MagSafeという名前もiPhoneで復活させて認知度は上がりつつある。非対応のケーブルを使って期待通り充電できないというクレームを受けるより、専用インターフェースでのみ高速充電に対応させ、落下の危険性も減らせるという、一石二鳥のアイデアだ。ただ、iPhoneやAirPods用の電源も「MagSafe」にしたのは、正直筋が悪いように思う。向こうは「Safe」であることよりも、どちらかというと「磁力でしっかり安定」に力点が置かれているように見えるのだ。「mini」「air」「Pro」「Max」と、最近のApple製品に使われる修飾語は多彩だが、どうも整合性が取れているのやら怪しいものもあり、命名規則の混乱ぶりには困ったものである。もう少しはっきりした基準を持ってほしいものだ。Touch Barは何がダメだったのか?さて、復活したインターフェースがあれば、ひっそり消えていったインターフェースもある。ファンクションキー(Fキー)の代わりに一部上位モデルに作用されていた「Touch Bar」が廃止され、4つめの復活インターフェースとして、物理的なFキーが戻ってきた(もちろん、将来のモデルで再度Touch Barが復活する可能性はあるのだが)。Touch Barはタッチ機能を搭載した細長いOLEDパネルのソフトウェアキーボードで、アプリに合わせて内容を変更できるほか、さまざまな情報を表示するサブディスプレイとしても利用できるインターフェースだった。一見便利そうな機能だが、Fキーはプロ向けのアプリの多くで作業効率を高めるショートカットキーとして登録されている。身に覚えの多い方もいらっしゃると思うが、作業に習熟してくると、物理キーは見なくても指先の感覚で場所がわかるので、作業効率を高められる。ちなみにMacの場合、Fキーは標準キーボードには搭載されず、いわゆる拡張キーボードにのみ搭載されていた。拡張キーボードでは通常キーよりキー1つ分空けたところに配置されていたので、目視しなくてもFキーであることは確認できた。ノート型ではPowerBook 500シリーズ(1994年)で初めて搭載され、通常のキーより奥行きが半分の細長いキーとして実装され、以来、ノート型ではこのスタイルが定着していた。デスクトップ用キーボードでは、G3~G4時代のUSB Keyboard(PowerMac G3以降)で一度Fキーが横長タイプになった後、G4 Cubeと同時期に出たPro Keyboard(キートップが黒)でFキーのサイズが標準サイズに戻った。Pro KeyboardではFキー4つがグループとなり、グループの間に1キー分の隙間があったのでわかりやすかったのだが、Wireless Keyboardが登場した世代(キートップが白になった)にFキーの隙間が埋まってしまい、Fキーと通常キーを触感で判別しにくくなってしまった。これがアルミ時代になり、薄型化してノート型と部材が共通化されたことにより、Fキーも横長スタイルで定着したという歴史がある。閑話休題。ところがTouch Barでは、指先だけでは本当に必要なソフトキーをタッチしているか確認が取れないし、アプリの状態によって内容が変わってしまうため、指を置きっぱなしにすべきかどうかというジレンマに陥ってしまう。便利に活用している人もいる反面、「俺たちにFキーを返してくれ」という意見も多かったのだ。結果的にAppleは新MacBook ProでTouch Barを廃止し、Fキーを元に戻した(戻したついでにサイズが通常のキーと同じになり、グループごとの隙間などもないため、指先の感覚でわかりづらいものになってしまったのだが)。おそらくTouch Barへの賛辞よりも酷評のほうが多かったのだろう。個人的に、Touch Barは素性自体悪いものではなかったと思っているが、Fキーという「プロの道具」を置き換えるほどのメリットがなかったのだろう。人は慣れとメリットを天秤にかけたとき、意外と慣習にウェイトを置きがちなのだ。あるいはTouch BarがFキーのさらに上に独立したタッチディスプレイとして置かれていれば、より広く受け入れられていたかもしれないが、広くパームレストを確保するAppleのデザイン基準では受け入れられなかったのだろう。Appleの理想は先鋭化しすぎAppleはスティーブ・ジョブズ健在の頃から、ケーブル接続をシンプルにすることにこだわり、そのためには専用インターフェースを採用することも厭わないメーカーだった。現在はさらに一歩進んで、iPhoneからイヤホン端子を排除してBluetooth接続のAirPodsを積極的に販売したり、充電にMagSafe(iPhone用)をアピールしたりしていることが象徴するように、ケーブル自体を廃してワイヤレス接続を積極的に採用する流れになっている。MacBookシリーズがさまざまなインターフェースを排除して、USB Type-C(Thunderbolt 3/4)に統一したのも、MacBook Airというきっかけがあったにせよ、こうした美学に基づくものだった。これはこれで美しいのだが、ディスプレイやプリンター、マウス&トラックボール、メモリーカードなど、さまざまな周辺機器がアダプタを介して接続しなければならなくなった。これが純粋に趣味の道具であれば我慢もできるだろうが、MacBook Proはプロの仕事道具だ。結局、理想を追求して美学を重視するあまり、プロが不便さを覚えるような道具に仕立ててしまったというのが、ここ数年、Appleが陥った失敗だったのだろう。筆者は最近のAppleの一部製品(Magic Mouseの充電ポートの位置やMagic Keyboard/Magic Trackpadの持ち上げにくさと充電状況の確認しにくさ、Apple Pencilの充電用Lightningコネクターの位置、iPhone用バッテリー内蔵ケースのデザイン、etc.)について「こいつら、ちゃんと自分で作ったもの使ってんのか」と思うほど、不満を覚えることが多い。もちろんTouch Barもそのひとつだった。過去の装備が復活したというのは、一見すると後ろ向きに思えるが、ユーザーからの声をApple自身がようやく受け入れ、改善するに至ったのは大きな進歩だと思っている。今後ほかの製品についても、改善が進むことを期待したい。
海老原昭
最終更新:マイナビニュース