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[ロンドン発]ウクライナ国境に15万人以上の部隊を展開、撤退を始めたと言いながらこの2日間で約7千人を増強したロシア軍について、ジョー・バイデン米大統領は17日「彼らは開戦の口実を作るために偽旗作戦を行っている。数日以内に侵攻する準備を整えている」と述べた。
偽旗作戦とは自国民や軍が敵対する国やテロリストから攻撃を受けたかのように装って自衛権の発動を正当化すること。同日、英国防省も「ロシアは数日以内にウクライナに侵攻できる」と分析する動画をツイッターに投稿し、英紙タイムズは、英政府高官はウラジーミル・プーチン露大統領がウクライナへの侵攻を決断したとみていると報じた。
KGB(旧ソ連国家保安委員会)出身のプーチン氏は情報漏洩を防ぐためメモは残さず、ごく限られたインナーサークルの会議でも側近にノートを取らせないとされる。このため米英情報機関はヒューミント(生身のスパイによる情報収集)ではなく、偵察衛星によるイミント(画像情報)やシギント(通信、電磁波、信号などの傍受)を分析しているとみられる。
バイデン氏はホワイトハウスで米海兵隊機マリーンワンに乗り込む前、「ロシアによる侵攻の脅威は非常に高い。ロシアは軍を撤退させていない。第一に彼らはより多くの軍を投入している。第二に開戦の口実を作る偽旗作戦を行っていると考える理由がある。彼らはウクライナ侵攻の準備を整えた。数日以内に侵攻は起こり得る」との見方を示した。
バイデン氏はプーチン氏と交渉を続ける姿勢を強調し「明確な外交の道筋は残っている」と語った。
アントニー・ブリンケン米国務長官も17日の国連安全保障理事会で「ロシアは侵攻のための口実を作ることを計画している。ウクライナに責任をなすりつける暴力的な出来事やロシアがウクライナに対して行うとんでもない非難かもしれない」と述べた。
ブリンケン氏が示したロシアの戦争計画は次の通りだ。「テロリストによるロシア国内での爆破事件や集団墓地の発見の捏造、ドローン(無人航空機)による攻撃のデッチ上げ、化学兵器を使った偽装または実際の攻撃など、どのような形を取るかは分からない。ロシアはこのような出来事を民族浄化やジェノサイド(虐殺)と言うかもしれない」
ロシアメディアはすでにこのようなデマやプロパガンダを広め始めており、ロシア国民の怒りを最大限に高め、開戦を正当化する根拠を築き上げようとしている。次にロシア政府はデッチ上げた危機に対処するため緊急会議を招集し、ロシア国民やウクライナ国内のロシア人を守るためロシアは対応しなければならないと宣言する可能性がある。
そして攻撃が始まる。ロシア軍のミサイルや爆弾がウクライナ全土を襲う。サイバー攻撃で通信は妨害され、ウクライナの主要機関は停止する。すでに周到な計画が立てられた重要なターゲットに向かって戦車や兵士が進撃する。ウクライナの首都キエフも含まれている。特定のウクライナ人グループを標的にしているという情報もあるという。
ブリンケン氏は「私たちが知っていることを世界と共有することで、ロシアが戦争の道を捨て、まだ時間が残されているうちに別の道を選ぶよう影響を与えることができると期待している。私が今日ここにいるのは、戦争を始めるためではなく、戦争を防ぐためだ」とロシアにウクライナ東部紛争を解決するためのミンスク合意の実施に向けた交渉につくよう求めた。
ブリンケン氏はアメリカが情報を戦争ではなく平和を守るために活用していることを強調した。米英情報機関が収集した機密情報は米英を中心とするアングロサクソン系5カ国の電子スパイ同盟「ファイブアイズ」で密かに共有されてきた。同じ自由主義圏でもアメリカの外交・安全保障政策と一線を画するフランスやドイツには提供されないこともあった。
故コリン・パウエル元米国務長官が2003年、国連安保理で米情報機関の情報を開示してイラクのフセイン政権が大量破壊兵器の開発を続けていると非難し、イラク戦争開戦の大義を訴えたことがあるが、戦争後も大量破壊兵器は見つからなかった。しかし戦争を回避するため、米英が協力して機密情報をリアルタイムで世界中に公開するのは初めてだ。
これまで機密情報を開示することは情報収集能力がどこまであるのかを相手に知らせることになるためインテリジェンスの世界ではあまり行われてこなかった。第二次世界大戦でナチスドイツのエニグマ(暗号機)を解読していたウィンストン・チャーチル英首相はそれをアドルフ・ヒトラーに悟られないため、味方に犠牲を出すのを覚悟の上で情報を選んで使っていた。
しかしロシアは偽情報キャンペーンをエスカレートさせている。ロシア政府系国際通信社スプートニクは、ウクライナ軍が17日、ミンスク合意で禁止されている迫撃砲を使って、ウクライナからの独立を宣言しているルガンスク人民共和国の居住区を砲撃したと報じた。保育所の壁に穴が開き、3人が負傷したとされる。黙っていればロシアの言い分が事実になる。
ボリス・ジョンソン英首相は17日「保育所が砲撃された。これはウクライナの信用を落とし、ロシアの行動を誘発する口実を作るための偽旗作戦だと考えている。このようなことが今後数日間にわたって起こることを非常に恐れている」と強調した。
「もしロシアが侵攻するほどの狂気を持っているなら、それは短期間では終わらない。血生臭い長期にわたる紛争となり、多くの死傷者が出る。その中にはロシア人の死傷者も含まれるだろう」
英国防省も17日「ロシアは軍事演習を終えた一部の部隊は撤収を始めたと主張するが、それを裏付ける証拠は全くない。ロシア軍は地上戦力の半分以上をウクライナ国境に展開している。ソ連崩壊以降、初めての規模だ。侵攻は数日以内に始まる可能性がある」と主張する動画をツイッターに投稿した。
「ウクライナはロシアにとって北大西洋条約機構(NATO)に対する緩衝地帯(バッファーゾーン)だ。プーチン氏はウクライナがNATOに接近することが気に入らない。ウクライナをロシアの支配下に取り戻したい。ウクライナは独立国家であるにもかかわらず、歴史・文化的にロシアの一部だとみなしている。それがプーチン氏が戦争を欲する理由だ」
ロシア海軍は北大西洋、バルト海、地中海でも活動を活発化させ、キエフに侵攻できるようウクライナの北部国境に部隊を集中させている。英紙タイムズによると、英政府高官はこれまでプーチン氏が侵攻を決断したとは考えていないと述べてきたが、この24時間で情勢は急変し「彼はやるつもりだ。それは恐ろしいものになるだろう」と語ったという。
米英が仕掛ける情報戦争にリスクがないわけではない。インナーサークルを好むプーチン氏は新型コロナウイルス・パンデミックの社会的距離政策で人と会う機会が減っていると言われている。そんなプーチン氏が米英の情報戦争で一段と追い詰められ、政府や軍内部の反対意見に全く耳を貸さなくなり、暴走する恐れもある。
インテリジェンスや制裁だけでは「古代ロシアの聖地キエフを米欧の魔手から取り戻す」という妄想に取り憑かれた“プーチン皇帝”はもう止められないだろう。ウクライナに侵攻すればプーチン氏は旧ソ連の犯したアフガニスタン戦争の泥沼にはまる恐れが大きいとしても、独裁者の侵略を止められるのは結局は武力なのだ。
(おわり)